中小企業がマーケットで生き残るための戦略として、様々な企業で用いられるランチェスター戦略。
しかし、いざ活用しようと思っても、名前だけしか聞いたことがなかったり、ビジネスへの応用方法はあまり知らなかったりする方も多いものです。
そこで今回は、ランチェスター戦略の概要や活用方法などを、事例を交えて詳しく解説します。
ぜひ、自社の経営戦略にお役立てください。
ランチェスター戦略とは?
ランチェスター戦略とは、ランチェスターの法則をビジネスに応用し、その戦い方をモデル化したものです。
具体的には、中小企業は大きな市場シェア率を誇る大企業とどのように戦えばよいのか、また中小企業が勝ち残るにはどのような戦略を取るべきなのかなどが示されています。
ランチェスター戦略の歴史
ランチェスター戦略の起源となった「ランチェスターの法則」は、今から100年以上前に、イギリスの航空工学研究者フレデリック・W・ランチェスターによって提唱されました。
ランチェスターの法則は、第1次世界大戦の際に戦争における戦闘員の減少具合を数理モデル化したものであり、もともとは軍事目的として利用されていました。
兵力数と武器の性能が戦闘力を決定づけるというもので、「同じ武器なら勝敗は兵力数で決まる」ことを意味します。
第2次世界大戦では、コロンビア大学のバーナード・クープマンらによって、軍事戦略モデルとして改良されました。
戦後ではビジネスに応用され、「いかにして商品を売るか」という実践的な販売戦略やマーケティング理論として展開されるようになります。
ランチェスター戦略を理解すべき企業とは
ランチェスター戦略は、企業の規模や業種に関わらず取り入れることが可能で、弱者が強者にどう戦っていくかという観点から理論化されています。
実際に、この戦略を基に経営戦略を立てている企業は多数あります。
なお、ランチェスター戦略の強者と弱者の区別は、市場占有率によって決まります。
そのため、小規模な企業であったとしても、市場の切り分け方によっては高い市場占有率をほこり、強者となることが可能です。
ただし、一般的には、規模の大きな大企業が、強者として認識されるケースが多いです。
ちなみに、弱者の立ち位置にいる企業の多くは幅広いターゲット層に訴求しがちですが、その戦略を取ってしまうと、強者の勝利が目に見えています。
類似商品やサービスが提供されていれば、消費者にとっては名の知れた企業やブランド力の強い企業のほうが信頼しやすいからです。
つまり、弱者に該当する企業は不特定多数をターゲットとして狙っても、強者には勝てない可能性が高いです。
そこで、強者が狙わないニッチな層をターゲットとして、商品展開を検討することが重要です。
ランチェスター戦略は、こうした弱者が市場の中で勝ち残るためのひとつの戦略です。
ランチェスター戦略を理解するためのポイント
ランチェスター戦略を実践するには、まずはランチェスターの法則の理解が必要です。
ランチェスターの法則には、もともと2つの法則があります。
ここでは、それぞれの内容について見ていきます。
なお、市場シェア率1位の企業が強者、2位以下は弱者として定義します。
第一法則(弱者の戦略)
ランチェスターの第一法則は「弱者の戦略」と呼ばれており、一対一で戦う接近戦を前提としています。
第一法則の結論は、以下のとおりです。
戦闘力=武器効率 × 兵力数
この公式から、同等の兵力数なら武器効率が高いほうが勝ち、同等の武器効率なら兵力数が多いほうが勝つことが分かります。
具体的には、同じ武器を持った兵士が15人いる側と10人いる側では、15人いる側が5人生き残って勝つということです。
ビジネスシーンでの戦闘力は、企業力にあたると考えられます。
つまり、社員一人ひとりの資質や能力と、社員数が企業力に相当します。
そのため、社員数の多い大企業のほうが有利に思えますが、社員の少ない中小企業は、数ではなく質を高める戦略を検討することで勝機を見出すことも可能です。
第二法則(強者の戦略)
ランチェスターの第二法則は「強者の戦略」と呼ばれており、広域戦を前提としています。
第二法則の結論は、以下のとおりです。
戦闘力=武器効率 × 兵力数の2乗
この公式から、双方の2乗した兵力数によって、戦闘の勝敗が決定します。
たとえば、500人の軍と400人の軍との戦いでは、250,000(500の2乗)人と160,000(400の2乗)人の戦いとなります。
結果的に90,000の差が発生し、500人の軍は300人(√90,000)の兵士が生き残って勝利します。
つまり広域戦では、武器効率よりも兵力数が、戦闘の勝敗を大きく左右することがわかります。
ビジネスにおける弱者・強者が取る戦略
これまで紹介してきたランチェスター法則を、どのようにビジネスに応用できるでしょうか。
ここからはビジネスにおける弱者(中小企業)、強者(大企業)が取るべき戦略について解説します。
弱者の戦略:競合他社と差別化
弱者である中小企業は、「第一法則」をもとにしてビジネス戦略を検討するのが有効です。
重要なのは、大企業が狙っていないターゲットや、得意としない領域を発見することです。
弱者の基本的な戦略は、競合他社と差別化を図ることであり、自社が戦える場所をしっかり見極めることが必要です。
またマーケットを絞ることで、トップと一騎打ちする戦略を考えることもできます。
弱者の戦略の基本は「差別化戦略」ですが、具体的には次の「弱者の5大戦略」によって強者に勝てるとされています。
- 局地戦:ニッチ市場やスキマ市場に特化させる
- 一騎打ち:競合の少ない市場を狙う
- 接近戦:顧客に接近し、顧客の心をつかむ
- 一点集中:重点を決め、そこに力を集中させる
- 陽動作戦:相手が思いもよらない方法で敵の裏をかく
こうした考え方を参考にしながら、自社にマッチした強者に勝つための戦略を検討されてみてください。
強者の戦略:強者は市場規模を拡大
社員数の多い大企業は、強者として「第二法則」を活かして、中小企業を寄せ付けないための戦略を検討する必要があります。
大企業が目指すべきはニッチなターゲットではなく、大きなマーケットを相手にした戦略を展開することです。
ただ、ときに大企業は中小企業の戦略をまねて、あえて同じ分野や市場に進出することがあります。
中小企業が成功しているということは、それだけニーズがあることを意味するからです。
後発的に中小企業と同じターゲット層に訴求しても、大企業のブランド力や企業力によってターゲットからは信頼されやすくなります。
大企業はこうした規模のアドバンテージを活かした第二法則に基づいて、経営を進めるのが良いとされています。
このように、弱者が取る差別化戦略に対して、強者が取る基本戦略を「ミート戦略」と言います。
弱者が行う差別化戦略に追随し、弱者の競争優位性をなくす戦略です。
具体的には、次の「強者の5大戦略」に分けられます。
- 広域戦:弱者の局地戦に対応し、広範囲で展開する
- 遠隔戦:弱者の一騎打ちに対応し、顧客と距離を置く
- 確率戦:弱者の接近戦に対応し、一対一の戦いを避けて、弱者を数で押さえ込む
- 総合主義:弱者の一点集中に対応し、圧倒的な数で勝負する
- 誘導主義:弱者の陽動作戦に対応し、弱者をこちらの都合が良いように誘導する
マーケットシェア理論
ここまででランチェスターの法則や戦略の基本的な考え方はご理解いただけたかと思いますが、ランチェスター戦略を適用する場合、自社がマーケットにおいて強者なのか弱者なのかをしっかり認識しておくことが重要です。
そこで鍵となるのがマーケットシェア理論です。
自社の市場地位を明確にする基準で、経営コンサルタントの田岡信夫氏によって、具体的な数字が設定されました。
自社のシェア率がどの程度なのかを、7段階の数字から確認できます。
- 73.9%(上限目標値):独占的であり、圧倒的な地位となる
- 41.7%(安定目標値):首位独走の条件として多くの企業の目標値となる
- 26.1%(下限目標値):強者と弱者を決定づける基準で、これを下回ると安定しない
- 19.3%(上位目標値):どんぐりの背比べ状態の中で上位グループに属する
- 10.9%(影響目標値):シェア争いに本格的に参入でき、市場全体に影響を与えられる
- 6.8%(存在目標値):存在は認められているが、市場への影響力はない
- 2.8%(拠点目標値):存在価値がないに等しい状態にある
シェア率が73.9%であれば絶対的な地位を確立でき、41.7%は多くの企業が強者として目指す目標となります。
それ以外のシェア率は弱者と定義できます。
こうした数値をひとつの判断軸として、自社がマーケットでどの地位を築いているかを明らかにされてみてください。
その結果、自社の段階に適した戦略を立案できるだけでなく、適切な経営プランを打ち出すことができます。
ランチェスター戦略のメリット・デメリット
これまで概観してきたランチェスター戦略を取り入れた場合、どのようなメリットやデメリットが生じるのでしょうか。
それぞれについて見ていきましょう。
メリット
大きなメリットは、マーケットでの戦い方が明確になることです。
市場シェア率が1位の場合は強者の戦略、それ以外の場合は弱者の戦略を用いて戦います。
社員数や資金力で有利な大企業に勝つには、理論的にはサービスや商品のクオリティの高さを武器に戦うしかありません。
具体的には、勝機のある市場、ニッチな層、特殊な地域性などを模索し、そこで求められるニーズを発掘することが重要です。
結果的に、狙うマーケットは小規模になりますが、シェアの拡大を目指すことができます。
デメリット
ランチェスター戦略を用いることによる、大きなデメリットはないでしょう。
ただし注意が必要なのは、自社がマーケットにおいて強者なのか弱者なのかを見誤らないことです。
通常であれば、自社が強者なのか弱者なのかによって、適用すべきランチェスター戦略は異なるからです。
弱者であるにもかかわらず、強者として第二法則(強者の戦略)を用いても、大きな成果にはつながりません。
もし自社が強者なのか弱者なのか悩んだときは、まずは第一法則(弱者の戦略)を選択するのが有効です。
仮に強者が第一法則を適用しても、一定の効果は期待できるからです。
また強者である大企業は、基本的にはニッチな層やマーケットには手を出さないものですが、そこで中小企業が大きな成功を収めると、追随する大企業が現れる可能性は考えられます。
真似しやすいビジネスモデルである場合、大企業が本腰を入れて参入してくると、形勢逆転されてしまう場合があります。
ランチェスター戦略3つの結論
これまで紹介したランチェスター戦略には、3つの結論が存在します。
それぞれについて解説します。
一点集中主義
一点集中主義は、「対象や領域を一点に絞り、そこに集中して勝負をかけていく」考え方です。
たとえば、地域や顧客、流通、商品やサービスなどから、勝ち目のある領域を設定し、そこに経営資源を投入します。
大きなマーケットや大きな地域を相手にしても、弱者が勝つのは至難の業だからです。
マーケットを分析することで、今は1位ではなくとも、逆転の可能性がある分野を見つけることも可能です。
ただし、一点集中はあくまで強者に勝つための突破口にすぎません。
永遠に一点に絞り続けることはできないため、状況に合わせた経営方針の決定が求められます。
「足下の敵」攻撃の原則
「足下(そっか)の敵」攻撃の原則とは、「市場シェアを伸ばしたい場合、自社よりも1つ下の競合を攻撃する」という考え方です。
「足下の敵」とは、自社よりも市場シェアが1つ下の競合他社のことを指します。
たとえば、自社が3位であれば、4位の企業が「足下の敵」になります。
自分よりも強い敵と戦うよりも、足下の敵を攻撃するほうが勝利する見込みが高いからです。
1つ下の敵を倒せば、敵は順位が下がり、敵の売上や顧客を奪うことが可能です。
その結果、自社との差も広がっていきます。
No.1主義
No.1(ナンバーワン)主義は、「2位以下を圧倒的に引き離した状態を目指す」考え方です。
たとえ1位になっても、2位と大差がなければ、No.1とは言えないのが特徴です。
2位以下を圧倒的に引き離すことで、2位以下は勝負を挑んでもなかなか勝つことができません。
ここでのNo.1というのは、大きなマーケットである必要はありません。
あるマーケットでNo.1になることで、知名度の向上、シェア率の拡大、地位の安定、ブランドの確立、利益率アップなどのメリットが得られ、他のマーケットでもトップを狙っていけます。
取り組む順番が大切
資金力のない中小企業がNo.1を目指すには、取り組む順番が非常に重要になります。
有効なのは、①地域を決める、②客層を決める、③商品・サービスを決めるという順番で取り組むことです。
①地域を決める
まずは、どの地域でビジネスを行うかを決めます。
例えば、東京都江戸川区の〇〇小学校から半径1km以内のように、ターゲットとする地域を選定します。
この時、多くの企業は少しでもにぎやかな場所を選ぼうとしがちですが、人が多い地域であればあるほど、ライバルも多くなります。
そのため、必ずしも人が多いから良い地域とも言えません。
むしろ、離島・半島・港町・川べり・山すそなど、交通の便が悪く人口も密集していないエリアこそ、ライバルが少なく一人勝ちできる可能性を秘めています。
②客層を決める
次に、自社が対象とする客層を絞り込みます。
なぜなら、同じ領域の商品・サービスだったとしても、客層が異なれば求められる内容が大きく異なるからです。
例えば、飲食店をやっていたとして、ファミリー層向けなのか、富裕層向けなのか、学生向けなのかによって、全くニーズは異なります。
③商品・サービスを決める
客層を絞り込んだら、最後に商品を決めます。
扱う商品が少ないとお客様が離れるのではないかと心配される方もいますが、実際には逆のことが起こります。
分かりやすい事例として、蒙古タンメンがあります。
激辛ラーメンとして認知されている蒙古タンメンは、「辛いラーメンを食べたくなったから、あの店に行こう!」と第一に想起されることが多く人気になりました。
商品を絞って特徴を出すことによって、お客様の印象に強く残ることができます。
ちなみに、商品を絞り込むことによって必要な仕入れも少なくて済むので、効率よく経営を行うことにも繋がります。
ランチェスター戦略を応用した企業事例
ランチェスター戦略は、現在も規模を問わずに、幅広い企業で実践されています。
ここでは、その一部をご紹介します。
売上が伸び悩んでいた食品製造業S社の事例
千葉県松戸市に拠点を置き、食品製造業を営むS社。
以前は、社員が身を粉にして働いても、売上が思うように伸びないという課題を抱えていました。
その原因として浮上したのが、移動時間がかかりすぎて、顧客接点数が少なくなっていることでした。
そこで「訪問に車で1時間以上かかる企業とは取引をしない」という「やらないことを決める」ことによって、顧客の絞り込みを図りました。
それまでは依頼があれば全力で取り組んでいましたが、目先の売上・粗利額を選ぶのではなく、条件に満たない企業からの依頼は断るという勇気のいる決断をすることにしたのです。
その結果、取引件数は4割減ったものの、それまで移動時間に費やしていた時間を、顧客との信頼構築の時間に充てることができました。
こうした行動の変化によって、狭いエリアであっても同じ企業からの依頼数が増え、数カ月以内に売上や収益、粗利が劇的に増加しました。
局地戦としてエリアを特化させて、接近戦として顧客の心をつかみ、一点集中として重点を注力したことによって、抱えていた課題を改善した好例です。
1,000円カットでお馴染みQBハウスの事例
1,000円カットで知られるQBハウスは、第一法則に基づいて差別化戦略をうまく活用して、業績を伸ばしてきました。
QBハウスが成功した要因のひとつは、「10分1,000円カット」という新しい路線を打ち出し、他の美容院や理髪店と大きく差別化を図ったことです。
従来の「お金と時間をかけて髪を切る」というイメージではなく、「お金と時間をかけずに手軽に髪を切りたい」という人たちのニーズに応えることに成功しました。
また駅近やオフィス街に出店することや、洗髪などのやらないサービスを決めることによって差別化を図りました。
その結果、安さと早さという利便性を重視するビジネスマンの心を捉え、市場シェアを徐々に獲得できるようになりました。
このようにヘアカットのみに一点集中し、特定のターゲットに絞って局地戦に持ち込んだことが功を奏したと考えられます。
ランチェスター戦略を理解して業界の勝者を目指そう
ランチェスター戦略は、市場占有率によって、取るべき戦略が異なることを伝えています。
基本的には市場シェア率が1位の場合は第二法則、2位以下の場合は第一法則を用いて、戦いに臨むのが王道です。
弱者の場合は対象や領域を絞り、一点集中や局地戦に持ち込むことによって、強者である大企業に勝利する見込みが得られます。
強者の場合は広範囲にわたって事業を展開することによって、より一層のシェア率拡大が期待できます。
本記事を参考にしながら、ランチェスター戦略を理解し、自社に適した経営戦略を検討されてみてください。
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ぜひ、こちらも参考にされてみてください。
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