「繰越欠損金」という言葉を知ってはいるものの、どのようなものを意味するのか知らない方も多いのではないでしょうか。
事業活動において発生した赤字部分(欠損金)は翌事業年度以降への繰り越しが可能で、この繰り越された欠損金のことを「繰越欠損金」といいます。
この記事では、「繰越欠損金」についてわかりやすく解説します。最後まで読むことで、赤字への適切な対処法がわかります。
繰越欠損金は法人の赤字
欠損金とは、法人税の所得金額が赤字である場合の金額のことで、法人税法上の用語です。法人の所得は「益金」から「損金」を差し引いて計算されるため、差引額がマイナスとなった場合にのみ欠損金が発生します。
繰越欠損金は翌年以降の黒字を相殺できる
繰越欠損金は、翌事業年度以降に発生した黒字部分と相殺することができます。
たとえば、
当事業年度における所得金額:▲500万円
翌事業年度における所得金額: 700万円(繰越欠損金差引前)
である場合、当事業年度の繰越欠損金は500万円です。翌事業年度の所得金額を計算する際には、700万円と繰越欠損金の500万円を相殺するため、翌事業年度における所得金額は差引額の200万円となります。
繰越欠損金のポイント
繰越欠損金を正しく理解し適切に利用するためには、まず「税効果会計」について理解を深めておくことが重要です。
あまり聞きなれない言葉ですが、繰越欠損金の利用には税効果会計の知識が必須ともいえるため、正しい知識を身につけておきましょう。
税効果会計の役割とは
税効果会計とは、損益計算書における「税引前当期純利益」と税務上の「課税所得」を合理的に対応させるための手続きのことです。
「会計上の収益や費用」と「税務上の益金・損金」には認識のズレがあり、将来の課税所得を加算・減算することで税額に差が生じます。税額差を当事業年度の会計に反映させるためにおこなうのが税効果会計です。
具体的には、「会計上の税引前当期純利益に法人税の実効税率を乗じた金額」と「実際の法人税額」を対応させていきます。
繰越欠損金は、税務上の所得金額にのみ影響を与えることから税効果会計の対象となっています。
繰越欠損金の利用ルール
欠損金を翌事業年度以降に繰り越すためには、3つの要件を満たす必要があります。要件を満たせなければ繰越欠損金控除による節税はできないため、正しく理解しておきましょう。
法人の青色申告が必須
繰越欠損金を利用するためには、法人用の確定申告を毎年継続しておこなう必要があります。欠損金が発生した事業年度は青色申告が必須となり、翌事業年度以降は白色申告であっても繰越控除の適用対象です。
また、確定申告にあたって作成した帳簿書類などを適切に保存しておくことも、条件の1つとなっています。
繰越上限期間は10年間
現在、欠損金の繰越期間は10年間と定められています。欠損金の繰越期間は度々法改正がおこなわれており、現在定められている期限の適応対象となるのは、平成31年4月1日以降に開始する事業年度です。過年度において発生した欠損金の繰越期間は時期によって異なります。欠損金が発生した事業年度ごとの繰越期間は次のとおりです。
欠損金が発生した事業年度 |
繰越欠損期間 |
平成13年3月31日以前 |
5年間 |
平成13年4月〜平成20年3月31日以前 |
7年間 |
平成20年4月〜平成30年3月31日以前 |
9年間 |
平成31年4月以降 |
10年間 |
繰越欠損金は控除限度額が決まっている
繰越欠損金の控除額には上限金額が設定されていることも押さえておきましょう。繰越欠損金を適用できる条件と繰越期間の条件を満たしているからといって、繰越欠損金のすべてを控除できるわけではありません。
繰越欠損金の控除限度額は、
・欠損金が発生した事業年度
・法人の資本金の額
上記の項目ごとに設定されています。
欠損金が発生した事業年度 |
控除限度額 |
|
資本金1億円を超える企業 |
資本金1億円以下の企業 |
|
平成24年4月1日〜平成27年3月31日 |
欠損金 × 80% |
欠損金 × 100% |
平成27年4月1日〜平成28年3月31日 |
欠損金 × 65% |
|
平成28年4月1日〜平成29年3月31日 |
欠損金 × 60% |
|
平成29年4月1日〜平成30年3月31日 |
欠損金 × 55% |
|
平成30年4月1日〜開始事業年度 |
欠損金 × 50% |
会社を合併した際の対処法
繰越欠損金について理解を深めていくと、繰越欠損金がたくさんある会社と合併すると節税対策になると考えてしまいがちです。しかし、合併する場合の繰越欠損金の取り扱いについては法人税法によって厳しく条件が定められているため、慎重に判断していく必要があります。
会社を合併した際の繰越欠損金の取り扱い
繰越欠損金がある会社を合併する際には、以下の要件を満たす場合に限り繰越欠損金を控除できます。
・被合併法人の従業員のうち、80%以上が合併法人の業務に従事すること
・被合併法人がおこなっていた事業が、合併後も継続されていること
・被合併法人と合併法人の事業が、相互に関連していること
・被合併法人の役員が合併法人の役員に就任すること、あるいは合併される事業と合併される事業を比較し、売上高、従業員数、資本金などが5倍を超えないこと
・被合併法人の株主で合併法人の株式または、合併親法人の株式のすべてを保有することが見込まれている者について、次の要件を満たす場合(被合併法人の株主総数が50人以上の場合は不要)
所有する被合併法人の株式総数 > 被合併法人の発行済株式総数×80%
繰越欠損金の仕訳
繰越欠損金控除によって生じる「税務上の法人税額」と「会計上の税引前当期純利益」との差異は、税効果会計によって調整が可能です。
具体的には、次のような会計処理により、税引前の当期純利益に法人税等の実行税率を乗じた金額と実際の法人税額を一致させます。
※法人税等の実効税率は30%とし、会計上の税引前当期純利益と課税所得金額が一致していることを前提としています。
*1 繰延税金資産 … 税効果会計に関する会計科目。将来の課税所得から減額される額を資産として計上したもの。
*2 法人税等調整額 … 税効果会計に関する会計科目。「税務上の法人税額」と「会計上の税引前当期純利益」との差を適切に期間配分するために使用するもの。
(令和×1年度)
税引前当期純利益 |
▲500万円 |
当事業年度における欠損金 |
500万円 |
課税所得金額 |
0円 |
法人税等の金額 |
0円 |
税効果会計による仕訳
借 方 |
金 額 |
貸 方 |
金 額 |
繰延税金資産(*1) |
1,500,000 |
法人税等調整額(*2) |
1,500,000 |
(令和×2年度)
税引前当期純利益 |
300万円 |
繰越欠損金控除 |
300万円 |
課税所得金額 |
0円 |
法人税等の金額 |
0円 |
税効果会計による仕訳
借 方 |
金 額 |
貸 方 |
金 額 |
法人税等調整額 |
900,000 |
繰延税金資産 |
900,000 |
(令和×3年度)
税引前当期純利益 |
100万円 |
繰越欠損金控除 |
100万円 |
課税所得金額 |
0円 |
法人税等の金額 |
0円 |
税効果会計による仕訳
借 方 |
金 額 |
貸 方 |
金 額 |
法人税等調整額 |
300,000 |
繰延税金資産 |
300,000 |
繰越欠損金のよくある勘違い
繰越欠損金についてよくある間違いとしては、
・欠損金が生じた事業年度に白色申告をおこなう
・繰越欠損金の控除期間や控除額に上限はないと思い込む
などがあげられます。
赤字金額である欠損金の繰越は、翌事業年度以降に活かせる大きな節税対策です。最大限に活かすためにも、制度の内容を正しく理解する必要があります。
節税するだけでは会社にお金は残らない
節税対策は非常に重要ですが、節税対策ばかりしていても会社にお金は残りません。
節税対策では多くの場合、キャッシュアウト(資金の流出)が伴います。そのため、節税対策をおこなうことで最終的な税金を抑えることができるかもしれませんが、同時に会社のお金が減っているという認識を持つことが重要です。
たとえば、法人契約の保険には、支払った掛金の一部を損金計上できる保険商品があります。返戻率がピークのタイミングで解約した場合でも支払った金額の80%ほどしか返ってこないことが一般的です。つまり、残りの20%はお金が社外に流出したことになります。
「不慮の事故に備えながら、節税対策にもなる」という言葉は本当ではありますが、会社にとっては資金面でマイナスになることを理解しておく必要があります。
また、一般的に「倒産しない強い会社」というのは自己資本比率が高い会社を指します。自己資本率は、会社の資本のうちどれだけを自己資本で賄えているかを表す指標です。そのため、キャッシュアウトを伴う節税対策ばかりをおこなっていると、自己資本比率が徐々に下がってしまうため、企業経営上好ましくありません。
会社を成長させていくという面では、会社ごとに適した節税対策を最適な範囲でおこなっていくことが非常に重要といえます。
繰越欠損金の処理は税理士に相談を
繰越欠損金を活用するためには、適切な会計処理のもとで青色申告をおこなう必要があり、気をつけるべきことがたくさんあります。欠損金の発生は仕方のないことですが、さらに欠損金を無駄にしては非常にもったいないです。
そうならないためにも、繰越欠損金を利用するためのルールを正しく理解し、確実に条件を満たす必要があります。繰越欠損金について少しでも疑問がある場合や日々の会計処理や税務申告に悩みがある場合は、税理士などの専門家に一度相談してみるとよいでしょう。
また、今回は繰越欠損金について話してきましたが、本来は毎年安定的に黒字を出せる事業構造を築くことが望ましいです。とは言え、いきなり細かい話をしても理解しにくいかと思いますので、まずは取っ掛かりとしてパッと目で見て分かる財務資料を使うことがおすすめです。
当社で実際にお客様に提出している『未来会計図』をご用意いたしましたので、参考にしていただけますと幸いです。
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