人事評価制度とは、「企業が社員のパフォーマンスを評価し、報酬や昇進などの決定に利用するための制度」です。
しかし、これだけで評価制度の設計や運用ができるかというとそう簡単ではありません。
私自身、古田土会計グループの評価制度の構築・運用に携わりその難しさを実感するとともに、お客様の評価制度に関するお悩みも多数伺ってきました。
現在ではこれらの経験を元にお客様向けに評価制度構築の支援も行わせていただいていますが、お客様によくお伝えすることは「全社員が納得する完璧な評価制度はありません。」ということです。
ご支援させて頂くにも関わらず最初からこのようなことをお伝えするのは心苦しいのですが本当のことだと感じています。
だからこそ、評価制度の本質を理解し、状況に応じて評価制度を改良・改訂していくことが肝要となります。
そこで今回の記事ではその本質に焦点をあて、「評価制度って何のために?どういうもの?」ということを改めて整理すべく、「人事評価制度」の大枠を解説していきます。具体邸には、目的や構造、よくある勘違い、作成のおおまかな手順などについてです。
1 人事評価制度の全体像
1.1 人事評価制度の目的
人事評価制度の目的は大きく2つです。
①会社のミッション・ビジョンを達成するため
②社員の成長を促すため
①をもう少し具体的にすると、経営計画書のチェックとも言えます。
なぜかと言うと、ミッション・ビジョン達成のためには長期・中期・短期の経営計画が必要となりますが、それをチェックする仕組みが必要となります。その役割を評価制度が担います。
違う表現をすると、経営計画(ゴール)と連動していない評価制度である場合は効果が半減します。
については、評価を通じて会社が求めていることに対して何ができていて、何ができていないのか。
次のステップに進むためには何が必要なのかを明らかにすることにより成長を促すことができます。
そしてそれが結果的に会社の成長につながっていきます。
1.2 人事評価制度の構造
人事評価制度は①評価制度、②等級制度、③報酬制度の3つから成り立っており、これらのどれか1つでも欠けると運用ができない、せっかく作ったのに不満がでる等の機能不全に陥るので注意が必要です。
具体的にはこのような項目を作成する必要があります。
①評価制度:評価シートの設計、評価項目、評価基準
②等級制度:等級・役職の設計、役職ごとの要件定義、キャリアパスの作成
③報酬制度:報酬テーブルの設計、報酬体系の設計、各種手当の設計
1.3 どのような場合に設計・見直しが必要か
人事評価制度はどのようなタイミングで策定・見直しをすることが望ましいでしょうか。
基準は色々ありますが、1つの参考として以下の項目をチェックしてみてください。
□ 社員20人以上で評価制度が無い □ 評価制度はあるが、経営計画(目的・目標)と連動していない □ 〃 、目的もなく何となく必要だと思って作った □ 〃 、社員の成長と結びついていない □ 〃 、3年以上改訂していない □ 〃 、報酬(賃金テーブル)と連動していない □ 〃 、昇降格、昇進等と連動していない □ 評価制度の改訂は自社では難しい(都度コンサルに依頼している) □ 経営計画書の運用をチェックできる仕組み無い □ 評価面談は半期に1回以下で適切なフィードバックができてない |
いかがでしょうか?
最初の質問でチェックがついた場合は評価制度の構築を検討した方がよいかもしれません。
そして、これらの項目で4個以上チェックがついた場合は見直し検討、7個以上の場合は早急に見直した方がよいです。
1.4 人事評価制度の本質
人事評価制度の中の特に評価制度についてとも言えますが、評価制度を作成すればあとは組織が上手く回る、と思っていたら大間違いです。
評価制度の目的は、1.1の通りMVVの達成、社員の成長と結びついているか否かです。
そう考えると、評価制度を通じてそこに近づいているか?前進しているか?という定点観測や次に向けてのアクションプランの検討が必要となります。
その際に必要となってくることが「フィードバック」です。
ここが評価制度の本質といっても過言ではありません。評価制度を作ったらあとは何とかなる、というものではないことをよく理解しておいてください。
冒頭で「全社員が納得する完璧な評価制度はありません。」と述べました。
逆に、評価制度(評価項目)が曖昧でもきちんとしたフィードバックができていれば社員は納得して前に進みます。
要は社員の納得感を得られるか否かが大事だということを忘れないようにしてください。
フィードバックについては6章で詳しく触れます。
2 評価制度でよくある勘違いベスト5
2.1 評価制度で社員のモチベーションが上がる
評価制度でモチベーションが上がるということはよくある「勘違い」です。
動機づけの衛生要因にはなりますが、動機付け要因になることはほぼありません。
つまり、評価制度を整えることでマイナスだったモチベーションが0にはなる、又は0がマイナスに陥ることを防ぐことは期待できますが、プラスに働くことはありません。
すばる舎 「人事評価制度17の大間違い」 白潟敏聾著 を一部改変
2.2 評価制度で業績が向上する
このようなことはありません。業績はあくまでも戦略・戦術によって決まります。
但し、社員が育ってきて間接的に業績に影響することは考えられます。
また、評価制度がない、あったとしても納得度合いの低い制度の場合にはモチベーションが下がり業績に影響が出ることは考えられます。
2.3 評価制度で社員が育つ
1.1の目的では「社員の成長を促す」と書きましたので矛盾しているのでは?と思うかもしれません。
ここでお伝えしたいことは、「評価制度があれば社員が育つ」といった評価制度に依存した場合です。
評価制度そのものは人材育成においては限定的な効果しか望めません。逆に、評価制度で社員が育ったら苦労しませんよね。
あくまで、評価制度はその補助的な位置づけとして捉えてください。真に成長させるためには上司が部下のゴールを適切に設定し、成長できる仕事や場を与えることが必要です。
しかしながら、評価制度は「会社からのメッセージ」でもありますのでフィードバックや面談等を通じて上手に活用すれば「成長を促す」役割は十分にあります。
2.4 評価シートは精緻に作成した方がよい
私自身は評価制度を精緻に作って運用し、成功している会社をほとんど見たことがありません。
なぜなら、評価制度の作成自体が目的になってしまい運用しきれないからです。また、会社の成長や環境の変化によって評価制度・項目も変わるものですが、精緻に作りすぎるとその変化に合わせて評価制度の修正ができず、MVVとかけ離れていってしまいがちです。
それよりも、簡単でもよいので作成し、しっかりと運用することの方がよほど効果はあります。
つまり、評価者と評価面談が大事ということです。
2.5 何も無いからまずは評価制度を作成した方がよい
社員が20人程度までは社長の目が行き届くので評価制度は無くても大丈夫です。
つまり、社長と社員との距離が近く意思疎通がしっかりと取れている状態であれば、社員も会社(社長)の求めていることを理解しやすいですし、社長からしても1人1人の趣向・動きが見えます。
むしろ、コストをかけて評価制度を作る時間とお金がもったいないです。そして、せっかく作っても社長のイメージと評価の結果が違う場合は結局調整(鉛筆なめなめ)が必要となります。
これらの意味で、社員数が少ないうちは「なにも無いからまずは作ろう」ということは避けた方がよいです。
3 評価の種類
3章では、人事評価制度の中の「評価」の種類について簡単に解説していきます。
色々な種類・区分がありますが大きくは業績・行動・MBOの3つに区分されます。これらをどう組み込むか、組み合わせるかは会社の価値観や方向性・考え方によって変わってきます。
3.1 業績評価
従業員の成果や目標達成度に基づいて評価を行う制度であり、多くは目標売上高、利益等で評価することが多いです。また、定量評価になるため評価者によって評価が違う、ということが起こりにくい点が特徴です。
①KPI(重要業績評価指標):
事前に設定した具体的な指標に基づいて評価する方法。
②OKR(Objectives and Key Results)
大きな目標(Objectives)とそれを達成するための具体的な結果(Key Results)を設定し、評価する方法。
3.2 行動評価
従業員の行動やプロセスに注目して評価する制度です。
こちらは定量評価に対して定性評価となります。定性評価の場合は評価者の主観や感情が評価に反映されてしまうことがありますので、なるべく認識の誤差がおきない項目の設定・表現や甘辛調整、評価者の訓練・育成が必要となるケースが多くなります。
①コンピテンシーモデル:
求められるスキルや行動特性(コンピテンシー)に基づいて評価する方法。
②360度評価:
同僚、上司、部下、顧客など、複数の視点から評価を行う方法。
3.3 MBO(目標管理制度)
Management by Objectivesの略で従業員と上司が共同で目標を設定し、その達成度に基づいて評価を行う制度であり、P.F.ドラッガーが自身の著書の中で提唱した組織マネジメントの概念でもあります。
業績評価は会社から評価尺度を指定するケースが多いですが、こちらは上司と部下が共同で目標を設定するといい点が異なります。
4 評価制度作成の手順
評価制度の作成を大まかに図解すると以下のようになります。
4.1 準備
準備段階では、評価者を含む社員全体が人事評価制度の必要性について理解し、これからどのような目的でどのような制度を作っていくのかを会社と社員がお互いに同じ認識を持つことが大事です。
例えば、このような項目についてとなります。
・評価とは何か?
・何のために評価するのか?
・成長を阻害する評価とは?
・正しく成長に導く評価とは?
・評価と成長、評価と報酬
・人事評価制度の構造
4.2 設計
設計段階では具体的に評価制度、報酬制度、等級制度を作成していきますが、その前段階として、組織図と評価者の明確化、組織階層や人材要件の明確化が必要となります。
評価・報酬・等級について、具体的には、1.2と重なる部分がありますが、このような項目について整えていくことになります。
①評価制度:評価項目・評価基準の設計、評価ウェイト・ランクの設計、評価プロセスの設計 評価シートの設計 等
②等級制度:等級・役職の設計、役職ごとの要件定義、役職ごとの昇降格の要件定義、キャリアパスの作成 等
③報酬制度:報酬テーブルの設計、報酬体系の設計、各種手当の設計、賞与・インセンティブの設計
4.3 運用
運用段階では、改めて今回の制度改定・新設の趣旨・目的を共有することや具体的な内容を説明することが必要です。その場を「評価制度説明会」「キックオフ」等と称して行うことをお勧めします。
そして、実際に作成した制度が上手く運用できるかを確認しながら、ブラッシュアップしていきます。
5 評価制度作成にあたって1番大切なこと
評価制度の作成にあたってのポイントは多くありますが、一番大切なことはMVVや経営計画書と評価制度が連動していることです。
これもよくある事例の1つですが、評価制度を作成したお客様に「この評価制度を運用していくと会社のゴール(MVV)に近づきますか?」と質問すると「え!?」となるケースが多くあります。
1.1で説明した通り、評価制度の目的は会社のMVV達成であり経営計画のチェック機能です。この点を忘れないようにしてください。
6 評価制度運用にあたって1番大切なこと
1章でも触れましたが、評価制度そのものも大事ですがそれ以上に大事と言っても過言ではないことがフィードバックです。
例えば、NGとOKの例かこのようになります。
NG:「A君の評価はBだから賞与は〇円になります。次も頑張りましょう!」
OK:「A君は評価の合計が〇点で全体の中の順位で行くと〇番目となり評価はBです。
評価がAの人との差は~~~というところです。
また、上司から見ると課題は~~~という部分で、項目で行くと~~~の部分が不足 していました。逆に良い部分は~~~なので、次回に向けてこの部分を改善していくと次回はA評価を目指せると思います。」
「具体的にどうしたら改善していけるだろうね?」
NGの方は一方的に伝えるだけ、かつ最終結果のみなので社員(部下)はどうして自分がB評価なのかが分からず悶々としてしまうケースが多くなります。やがて不満となります。
一方、OKの方は理由やポイントをしっかりと伝えて上で、どうするかは最後に問いかけ自分で考えさせるようにしています。
自分で考えることにより行動確率も高まります。
最初の方から問いかけるパターンもありますが一つの参考としてください。
古田土会計では、面談について経営計画書に以下のように記載しています。
※賞与のフィードバック面談というよりは毎月の面談(1on1)となりますが、目的等は共通です。
7 まとめ
以上、今回は人事評価制度についてその全体像から勘違いのポイント、作成について解説してきました。
になりますが、評価制度を作ることがゴールではなくその後の運用、もっというとフィードバックが大事になってきますのでそこを疎かにしないようにしていきましょう。
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